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四弘誓願

私の通っていた高校は仏教系でしたので、昼食時間の前には「本日も四恩の恵みによりまして…」なんて合掌したり、お花まつりには講堂に集められて僧免許ありの校長の講和とかありました(寝てる子が多かった^^;)

ことあるごとに請願を歌わされて…

  四弘誓願文

衆生無辺誓願度〜〜生死の苦海に沈んでいる一切衆生を救済しようと誓うこと。

○煩悩無数誓願断〜〜一切の煩悩を断じ尽くそうと誓うこと。

○法門無尽誓願知〜〜仏の教えをすべて学び知ろうと誓うこと。

仏道無上誓願成〜〜仏道を行じて無上の悟りを証得しようと誓うこと。

人として精進すべき四つの弘大な誓願で、すべての仏菩薩が発する四種の誓願です。

これがね、越天楽のメロディーなんですよ

 しゅ〜じょ〜む〜へんせいがんど〜

 ぼんのうむ〜じんせいが〜んだん〜

 ほうもんむ〜りょうせいがんがく

 ぶつどうむ〜じょうせ〜いがんじょう 〜てなかんじで歌いにくいったらありゃしないあせあせ(飛び散る汗)

キリスト教の讃美歌とえらい違いww

生徒は特に仏教信者の娘に限るわけではないし、宗教の科目もあらゆる宗教について学ぶ時間であったし、講堂で見る映画は十戒とかもあったしで、それほど宗教色はないほうだったと思いますけどね。

ちなみに、誓願はサンスクリット語でプラニダ−ナで、元の意味は「前に置く」、修行を始める前に誓いを立てることです。

誓いは基本的に他人の為(利他)でなければなりません。

他者のために尽くす努力をしますということで、それにより、知識がついたり、技術を得たり、迷いが無くなったりします。利他に専念すると、いつしかそれは自利につながる。

これが「御利益」です。

お寺に行って手を合わせたから願いが叶うってことではないんですよね。

まぁ、お寺に足を運ぶということに繋がるから最近のブームも悪くはないとも言えますが、

くれぐれも、「お願いしたのにご利益なかったなぁ」なんて言わないようにww

仏教者は、誓いが出来たならば、いよいよ修行に入るんです。

修行は実際に他人の為になる行いをすることです。もし自分の為ならば、それは修業と書くそうですよ。